(出典: ヌメロ・トウキョウ)
今回は、日本を代表する歌姫とも名高い宇多田ヒカルさんの現在について紹介します。
2010年に活動を休止し、結婚・出産。
2016年に活動を再開するまでの8年間の空白期間に一体何があったのでしょうか?
過去の2度の結婚、出産、宇多田ヒカルの今現在の生活まで紹介していきます。
宇多田ヒカルの現在
(出典:音楽ナタリー)
宇多田ヒカルさんは現在41歳。ロンドンを拠点に活動しています。
出典:NHK
現在はシングルマザーとして、9歳の男の子の子育てをしながら音楽活動を続けています。
子育ての様子については、彼女のインスタグラムやSNSを通じて時折シェアされています。
異国の地で子育てをしながら働く宇多田ヒカルさんの姿は、強い励ましとなっています。
宇多田ヒカルさんには過去2度の離婚歴があり
2018年の2度目の離婚後は熱愛の噂となるような男性が今現在も現れていないようです。
宇多田ヒカルさんの息子さんも小学生となりました。
少しずつ大人びてきた様子で、まだまだ子育ては手探りで未知数なようです。
その子育ての様子や息子さんとの関係性については、各種コラムやSNS上で見受けることができます。
少し手が離れたことで、これから自然な形で男性との出会いも増えていくかもしれません。
宇多田ヒカルの過去の結婚について
(出典:grape)
宇多田ヒカルさんはこれまで2度の結婚生活がありました。
最初の結婚(2002~2007)
宇多田ヒカルさんの最初の結婚は2002年。
お相手は映像作家であり映画監督である、紀里谷和明さんでした。
ふたりの出会いは、宇多田ヒカルさんのアルバム「Distance」のCDジャケットを紀里谷さんが手がけたことからでした。
この時に2人は会話を重ね、意気投合し交際をスタートし、2002年9月に入籍しました。
当時、紀里谷和明さんは34歳、宇多田ヒカルさんは19歳で、年齢差は15歳。
そんな2人の結婚は、衝撃を与え祝福されました。
しかし、2007年3月。
お互いの生活のすれ違いが原因で離婚したことを発表。2人の間に子供は誕生していませんでした。
宇多田ヒカルさんは交際中から、19歳の若さで卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)を患っていました。
そんな宇多田ヒカルさんを紀里谷さんが懸命に支えていたこともあり、その姿が報道されていました。
そのため、離婚報告はとてもショックな出来事でした。
そして2010年8月、宇多田ヒカルさんは無期限の活動休止宣言。
突然の発表に寂しい思いをしました。
2013年6月に発売された女性誌『FRaU』では、紀里谷和明さんがインタビュー記事に登場しています。
当時を振り返り、離婚の理由について「彼女は若すぎた。俺は未熟だった」と明かしています。
一方で、「もし彼女の身に何かあったら、俺はなんでもする」とも語っており、離婚後も2人は良好な関係なようです。
2回目の結婚(2014~2018)
それから7年後。
2014年に、宇多田ヒカルさんは再婚をします。
2度目の結婚相手は、8歳年下のイタリア人男性フランチェスコ・カリアーノさん。
フランチェスコさんは、ロンドンで仕事をしている調理師でした。
(出典:人民日報)
出会いは、宇多田ヒカルさんが偶然訪れたバーでのことでした。
そこで当時働いていたバーテンダー、フランチェスコさんは宇多田ヒカルさんに一目惚れ。
そこから交際が始まりました。
そして2014年に2度目の結婚を果たしました。
挙式はイタリア南部のリゾート地にある教会で行われ、当日は報道陣がつめかけたそうです。
結婚後、宇多田ヒカルさんは拠点を日本からロンドンに移し、2015年には長男を出産しました。
しかし、2人の結婚生活は長く続きませんでした。
2018年に離婚。
離婚理由に関して、相手男性が金銭面で宇多田ヒカルさんに頼りきっていたためと報じられていました。
しかし、真相は分かりません。
その後は現在まで、シングルマザーとして、子育てと音楽活動を両立させています。
宇多田ヒカルさんのプロフィールと経歴
(出典:ガールズちゃんねる)
- 名前:宇多田ヒカル
- 生年月日:1983年1月19日
- 出生地:アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク
- 血液型:A型
日本の歌手、シンガーソングライター、ミュージシャン、音楽プロヂューサー、作詞、作曲、編曲家として幅広く活動。
現在は、芸能事務所「U3MUSIC」とソニー・ミュージックレーベルズの社内レコードレーベル「エピックレコードジャパン」に所属
愛称:ヒッキー
- 父:宇多田照實(音楽プロデューサー)
母:藤圭子(歌手)
経歴
幼少期からアメリカと日本を行き来して育つ、音楽家の両親の影響もあり、音楽の英才教育を受けて過ごしたことから、11歳で作詞・作曲に目覚める
- 1998年末、15歳でデビュー
- 1stシングル「Automatic」は、ダブルミリオンの大ヒットを記録
- 1stアルバム「First Love」は、累計売上枚数765万枚を超え、日本国内のアルバムセールス歴代1位
- 2ndアルバム「Distannce」では、初週売上枚数が歴代1位となる300万枚を記録している
- 2007年にリリースされた「Flaver Of Life」は、当時のデジタルシングルのセールスにおいて、世界1位を記録
- 2000年・2003年には、日本ゴールドディスク大賞「アーティスト•オブ•ザ•イヤー」を受賞
- 2010年に、活動休止を発表。
- 2016年に活動を再開、復帰作「Fantôme」は、本年のBillboard JAPANの年間総合アルバムチャートで1位を獲得
- 2018年には第69回芸術選奨大衆芸能部門にて、「新人賞」を受賞。
2024年現在までに、「First Love」「Distance」をはじめとした5作品が、オリコンまたはBillboard JAPANの年間アルバムチャートで1位になっている
またYouTubeチャンネル「Hikaru Utada」ではチャンネル登録者数は210万人を超え、MVの再生回数は1億回を超えている。
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